こちら クタクタ


 8月1日(日)  こちらクタクタ
 今日は面会日でジオンボパズル”ファコム”というのを持ってきた。おもしろそうなのだが、何分こちとらクタクタで、いじくれないのがとっても残念ダ。

 8月2日(月)  パパへ質問
 ポクの説得且つのどのなおりぐあいによりゴハンになる。ましとはいうべきだがあまりうまくない。「オレは いったいなんでここに来ているんだろか?」ククシーで来ているんじゃあもちろんないが、マズイめし喰わせて体力は減ずるばかり、家にいた方がよっぽど健康にいいじゃないか! 

 それで治りょうをするかというと、そうはいかない。しんさつと検査どまり。そこでオレは、井原先生にだいたいの事を話した。いろいろ考えているようだから ある程度良くなったらタイインできるだろうと思う。そうなったらバンザイなのだ。

 ※ この日、友孝は下図のハガキを書いて、病院から投函した。  ↓ ハガキの表



  ※ ハガキの下半分は、下記の通りである。

 パパへの問題
☆A~E君の5人は、2人の絶対にウソをつかない正直者と絶対どんなときにでもウソをつくウソつき3人とで成り立ていました。次の言葉から、だれが正直の2人なのかあてて下さい。

  A 「Dはウソつきだ」
  B 「Eはウソつきだ」(巧妙にできています)
  C 「私は正直者だ」
  D 「Cはウソつきだ」

 これは2通りの答えがあります。両方とも出してみよう。
 ―――――――――――――――――――
 答 正直者は 
    □と□
      ↓
    □と□
 ―――――――――――――――――――
 ;これを切り取って答えを送ろう。当たっていたら自費でヨーロッパ・アフリカ・アメリカ旅行が出きるよ!!

  ↓ ハガキの裏

 


 8月3日(火)   とにかく腹が減っている

 
  日記の中に繰り返し繰り返し出てくる願望(うら返せば訴え)は三つある。一はもちろん退院して家に帰りたいということです。二は食べ物に対する不満ないし欲求です。三は医療に関する疑問です。この三つに関しては、しばしば!(インターロゲーチフマーク)を用いて、その切なさを表わしているのです。というのが口をついて出る通り、どれほどか心の中にいらだちがあったことでしょうか。

 「肝濃瘍」カンノウヨウ。これが伏見君の病気につけられた一応の呼称です。発達した近代医学でもつきとめようがなかったのです。宿痢(シュクア)ということばがありますが、伏見君の病気がまさにそれであったのです。「真菌症」という聞き慣れない病名を冠せられたこともありました。三年生のころの日記やことばに、よく「ああ、どうにもならなり僕なのです。」というのが口をついて出る通り、どれほどか心の中にいらだちがあったことでしょうか。

 なおこの日の文のあとには、ベッドで三角のキレを頭につけた自分のカリカチュアライズされた絵がかいてある。そして”死ぬ前のポクのサイン →Tomotaka ”まで、左下隅に添えた。


 8月4日(水)  動くな!
 今日から毎日検査があるらしい。僕は看護婦さんに連れられ、一階のアイソトープ室と書いたとびらを通った。とびらの向こうは すぐ部屋ではなく、しめ切ったろう下。しかも窓にはコウシがはめてある。
 もうひとつとびらをあけると、そこはすずしい部屋というよりも寒い位の部屋で、中央に複雑きわまる不思議な機械がおいてあり、その機械の台には、あわれイケニエの小ひつじ(少年)がささげられていたが、僕が来るとすぐ機械から降りた。機械の下方には、何ケタものメモリーがついていて、たえず1~10を打っている。

 ぼくはとても恐ろしくなった。その機械は とても思い出しにくいものであるが、一応次頁の図のようである。<機械の精密な図が描かれている>
 僕はそれから血液のようなものを右うでに注射され、イケニエをささげる台の上に寝た。子ども用らしく、僕には小さかったようだった。それからアトはといえば、放射機のような機械が、右へゆっくり行って、左へ速くかえるというのが長い時間続いて、その間 僕は動いちゃあいけないということになった。
 人間サマを5分ほどじっとさせておいて、出てきたものは、点付きトレーシングペーパーでした。もちろん僕は医者じゃないから何に使うのかわからない。

 こいつは、これからも毎日やるらしい。そうやっている最中、秋山先生が来た。何か退院が急に遠くなったようだ。



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