絶筆



 9月5日(日) パパとママが 
 今朝はどういうわけか、熱が下がっていなかった。薬も減った様子がないのに、上がったのは心配だ。朝からずっと氷まくらで寝たまま。よりによって今日は面会日だ。全く悪い日に熱が出たもんだ。熱は9度5分位。
 といっても、体がクラクラなわけではなく、頭のまわりがボヤーッと熱いだけ。そんならふつうとそうかわらないではないかと言われたって困る。つまり、頭が熱いと考えがすごくにぶるのである。
 苦心さんたんというより 右左と頭をうごかし氷まくらをとりかえたりしていたら、とつじょアツくなってきた。汗が出る出る。起きて汗をふきとって熱を計ってみたら7度8分位に下がるという成果だった。

今日の面会日はパパも私服で来てくれた。輸送じょうきょう:塩分→成功! 「モデルアート」は8月しか出ていないらしい。「ホビ-ジャパン」は2周年記念特集号だった。
 「ベートーベンの生涯」というのはわからなかったらしくて自伝を買ってきたが、これは前に学校で借りて読んだことがある。
 面会時間はずっとパパとママと話をしているので、すぐ過ぎてしまう。とくにパパはいろんなことを知っているから、今度たのむのは時間をかけるということで「SFマガジン」をたのんだ。少しむずかしいかもしれない。
 それと竹井実から特製の手紙がきた。写真も入っていたので見るとずい分太ったみたいだ。あいかわらず ふざけたことが書いてある。なつかしいものだ。こっちからも手紙を出したいが、病気が直ってから、特々製のを出してやろう。

  ※ この日が最後の面会、両親との見納めとなりました。


 9月6日(月) 大失敗 塩分見つかる
 
 午前3時ごろフト起き気づいてみると熱っぽい。9度以上あった。氷まくらを入れてもらう。
 午前6時 40度位にまで上がった。
 午前7時 ごはんをようやく食べる。
 午前8時 ひょうのうに氷をたっぷりつめ込んだやつを、冷たいのをガマンしてひたいにのせ、しばらくじっとしている。
 午前9時 汗をかき出す。 8度あまり。
 午前10時 7度5分、たいへんな成果だ。

 大失敗、塩分がみつかる! ひとりのかんごふさんが来て、いろいろ注意をして行ったが、婦長さんから井原先生にまで話を伝えるらしい。昨夜のうちに全部かたづけてしまうんだった。(と、こうかいしてもしかたがないが)
 とにかく もうあんな塩分は退院でもしないかぎり食べられない。それに井原先生からはどんな事をいわれるか・・・。婦長さんは・・・。親も注意をうけるだろう・・・。
アア、==ヤレヤレ== これで当分は頭がうずくことになる。

 
 ご両親のご心労は、もう申すまでもないことです。週二回の面会日、それもわずか2時間の逢瀬。お忙しいおとうきま、お体の弱いかかあさまが、世田谷の小児病院まで必ずお出かけになるお姿。そしてそれを待ち焦れている伏見君。ほんとうになんともいいようのない悲しくいたいたましいありようだったと思います。

 この日記の中の<塩分>とは,おせんべいのことです。病院のきびしい食物規制で、そういうものに飢えていた伏見君への愛の反則差し入れです。この日記にもありますように,伏見君は、この塩分を発見きれたことで、ご両親の立場を心配し思いやっています。
 
熱の上がり下がりに一喜一憂しているようすもいたましいものです。そして、最後の日記です。


 9月7日(火) 絶筆

 今日、午前1時ごろ目がさめると熱っぽい。ひょうのうと氷まくらで朝までに下げようと思ったが、午前6時には40度2分まで上がる。ひょうのうをとりかえたが、頭の上にうまくのってくれなかったりして、とうとう正午まで熱は上がっている。午後氷まくらで やっと38度8分まで下がる。熟が下がっていないと、苦しく不安だ。それに塩分を見つかったこともあるし・・・とにかく熱が下がってほしい。

 井原先生は、今日も顔をみせなかった。土屋先生が来たので、視力検査のことを言っておいた。午後になって、婦長さんが来た。塩分持ち込みの注意をどんなにするかと思ったが不思議としなかった。
 サテ、心配なのはママである。あんまりおこられなければいいが・・・、それにteaまで見つかったら、オレはへナへナになっちゃう。今日、熟が下がらないのは、ちょっと気温が低かったからではないか、と見ている。午後3時には、ようやく汗も少し出て落ち着いた。

 
このあと、8日一日苦しい闘病が続き9日の朝まだきに永眠されたのでした。さいごまで<塩分>のことで、おかあさまへの心配をしているところなどには、全く涙なしにはいられません。



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