No ! カンオケ


 8月20日(金)  カンオケで帰るのではない!
 今日も井原先生は来なくて、代わりに女の先生が来た。そして血を取っていった。その他は、また耳から血をチョビット(プレパラート1枚と棒1本)とった位で、あとは検査はなかった。
 苦しい思いの結果はどうだったのか?(昨日のこと)。大部屋のことは?(何も言われなければそれですむが)。熱の方は、どうも高くて寒ケがする程にもなった。ゴハンは相変わらずマズイ!オレは家に帰りタイ! 
 カンオケで帰るのではない !!


 8月21日(土)  病院の食生活
 今日は病院での食生活につてコトゴトク話したいと思う。
 病院の3食のメシは家の食事におよばぬ程マズイ。ふちが固まってドドドロのゴハン。家とは違った変な味のシャケ。とても人間が食べるものとは思えないが、人間が人間のために作ったんだから、まあ喰えんこともなかろう。こういうものが出るなか、私は生きているので、とどのつまりが、私はいつもハラペコなのである。こんなメシで病人を養う気ならとんでもない話だ。
 いったい、このメシを作っている人はどんなメシを食っているのか。おおかた骨付き鶏のむし焼きにでもかぶりついているんだろう。そういえば家で気にもかけず食べていたひな鶏のむし焼きも、もう今は手のとどかない天の上にある・・・。と思うと泣けてくる。家もみな天の上に今はあるが・・・。

 また、メシの話に戻るが、学校給食の方がはるかにおいしく力もついた。学給でさえなつかしくなる・・・。そんなにここのメシはひどい!
 そんなわけで私は、むりにいやなものを口内に入れるのである。メシはうまいときもあって、そのときのハラの具合はよいが、マズイメシが出たって、半分やそこらは食べねばくたばってしまうから、むりに食いたくもないものを、クチにつっこむ、そんなことをしなければならないのであろう。
 メシはイクラまずくともデザートが昼・夕各1個ずつ付く。その内容は、パイナップル・サクランボ・ブドウ・バナナ・スイカ・ミカンなどだが、私は食事というものを全部すませてからデザートを食べる主義なので、・・・もし・・・少ししか食えなくてデザートを食べたあとで、もっと食えと言われた・・・としてもオレ(=私、いつものクセだよ!)は、食う気持ちはないのである。つまり私はデザートを食べるにもしん重な気持ちをもってしなければならないのだ。

 いくら私がたった一人、この紙面で力のある限りわめいたとしても、この病院のメシはいつまでたってもこの味でしょう。前来たときも、この味だったのかも知れません。そして、いくらわめいても私のオナカはいっぱいになることはなく(病院にいる限りは!)。私が今まで空腹でくらしたように、これからもくらさなくてはならないことにかわりはない。
 ともかくも早く家に帰って幸福な生活をおくることを願う!


 8月22日(日)  隣のかんじゃ
 今日は面会日だ。この間からの隣にヤレ、テンテキの大さわぎのかん者が入って来た。つまり、面会がしにくくなったわけだ。というのは、向こうの方の面会人が10人位ズラーッと、兄だかジイチャンだか母だか、とにかく一同来て下さるのでさわがしい。
 それに隣の部屋のドアの前に座るとオレ様の部屋が丸見えなのである。これがちょっと気にくわない。何才くらいかは知らんが、ズラーッと来ても、あんまりなじみのある人が全部というわけでもないだろう。

 お隣さんはABCの本とか、イロハの本とか言っているが、こっちは雑誌を選ぶのにひと苦労である。「航空ファン」「モデルアート」「ホビージャパン」オレは本当にこうなると思ってもいなかったし、雑誌などはあまり知らない。
 しかたないので「丸」をたのんでおいた(コウミエテモ ヤハリ スコシハシッテイル)が、これをたのんでしまったら、もう何も知らないので次はどうするか。
 ママはホビージャパンと共に10集「零戦」を買って来たが、写真相当多数有り、性能解説付き、おまけに細かい図面に解剖図までついていた。たった200円にしては雑誌などより貴重な存在なので、それにこのシリーズの飛行機は多数あるそうだから、このシリーズでP−40 ウオーホークでもたのもうか。今、作っているキットだから。

 今日の夜食は、おかずはカツにスパゲッティなのに、ゴハンでガッカリ! どこを堀りめぐってもつぶれているので仕方なしに、おかずだけ全部たべた。


 8月23日(月)  熱なし
 今日はどういうわけか、朝から夜までそんなに熱がなかった。いやそうとうだ。なにしろ7度以下だったのである。最高7度で、この熱の出ない記録が続いて欲しい。
 今日は井原先生が来ないで、土屋先生が来た。今日は、ホビージャパンで忙しいので、この辺にしておく。

 8月24日(火)  夏も終わりに
 今日も井原先生は来なかった。熱も夜になってもそんなに上がらなかった。(8度以下)

 我、空腹の中に生活を営みおり
 雑誌により たいくつさをしのぐ
 検査はしょっちゅうあるが、大きい検査はなし
 夏休みは終わりに近づき、

 僕はどうあがいても どうにもならん。 
 むしろ、あがいたりせず、じっとしている方がよい。
 

 我、病気と共に生活を営み
 その場所は病院というイヤな所
 病院の看護婦さんという人は
 なかなか出入りの際ドアをしめない者なり
 いくら自分がしめても数回通るとあいている。
 でも医者はしめる者なり

 窓の下にはヒーターがある。
 けれどもこれは、冬でなければ使えなくなっている。
 窓はブラインドがおりるようになっている。
 あまり使ったことがない。

 夏休みは終わりに近づき、僕はどうペンであがいてもどうにもどうにもならん。
どうにもならんから、退院もダメ。つまりが仕方なし。


 8月25日(水)  マンガ制作中
 今日も井原先生は来なかった。熱も8度以下。早いもんで明日は面会日。だんだんオレはあせってくる。井原先生は、今月中に退院させる話だったが、いったいどうしたものか。
  ―― 
 MMというマンガを制作中。あるシケタ映画会社のかんとく、制作者、メンバーが主人公。製作所の中で起こることなどをえがく。MM Co.のライバルがLL Co.で、大きいスポンサーをつかまえているが、彼らはそれがうらやましくてたまらん。と言う物語である。もうすでに50もの短編ができている、

 8月26日(木)  ハラキリ
 10時ごろ外来に行くというので、何外来か?と聞くと、外科外来だという。そこでオレは自分の体で外科と関係あるものがあるのか考えた。さてはハラキリを考え出したか。
 外科の前まで行ったら大さわぎで、みんな立って待つ程こんでいた。その中をくぐり抜けて外科の中に入ったが、先生が用事でしばらくいなくて待たされてしまった。
 さていよいよ先生が入ってきてから、わざわざ外来などにつれてこられた謎が解き明かされるのだ。まず、先生は1回、僕のアスコを見てから土屋先生を呼んだ。それから井原先生も来た。ダイタイ事の内容は読めた。

 僕のかいようのなおらない所をとりさろうということである。とりさるというのはメスでけずるという事以外にないではないか。”けずる”は、今の僕には好ましい言葉ではない。僕はそれをタイヘンに痛ましいものと想像した。そしてもうあわや手術台に寝て、どうにでもなれという気持ちだった。

 やる前にはマスイの注射があるそうだ。マスイがあるのか。でも、どんなものだかわからない。
マスイは注射器半分を2本と大量にした。そして、そのかいようのまわりはガーゼやら、手術のときつかうまん中に穴の開いた、それなど、厚ぼったくなっとる。
 もうどうにでもしてくれと思っていたが、痛みはどんなもんか? と思っていた。その手術をやっているオジサンは、ピンセット、ハサミなどを右往左往動かしていたが気楽な感じでやっていたようだ。しかし、ちっとも痛くないのは本当にうれしかった。ありがたかった。

 僕も好奇心を感じ、少し下目で見るとピンセットの先にとった肉がついていたり、ガーゼが血でそまっていたりしたのが見えた。血がそうとう出たらしい。
 最後、オジサンは、何回も何回もハサミのようなもので糸をぬっていた。いろいろな、そうとう血のついたきれやガーゼをかたづけ、体をふき、かいようのあとにばんそうこうをはったら、もう前とかわりなくなった。無事にすんでよかった。本当によかった。
 とつじょ連れてきてこういうことをするのは強行手段だが、井原先生もやっと追いうちの強行手段をとる気になったか!?

 今日は木曜なので面会日だ。ママは来てくれた。パパはタクシーで来るかも知れないといったが、来なかった。もう、あの隣の忙しいかん者はいないので堂々できる。
 たのんだ「丸」は小型版の方を買ってきた。アンディキャップ(ANDY・CAPP)はそうとう(思った通り)タチが悪い。 PHPを2冊買ってきたが、なかなか興味ありそうな本ダカラ読ンでみようと思う。次は「航空ファン」別冊のP-40「ウオーホーク」をたのんだ。なきゃ「ヘルキャット」だ。
  ――
  ウーッ まずいメシ!
  ――

 夜、看護婦さんが入ってきた。見たことのある人だ。だれだっけと思ったら、その看護婦さんは今日の午前に行った外科の看護婦さんだ。その看護婦さんは、その後の容態などを聞いて帰って行った。
 あした、また、はがすのが痛いのではないかと今度は心配している。(どうもオレは心配をせずにはいられない性分らしい。)多分、こんどはマスイをかけないだろうから。


 8月27日(金)  心配が絶えない
 午前また外来に行った。今日はきのう程でもないが、やはり、こんでいて、車イスが通りにくかった。(書いたかどうか知らないが、オレは空腹と熱が続いた2重の苦しみから、車イスで外来に行クノダ)
 中に入ると秋山先生がいて、秋山先生が見てくれた、バンドエイドのような、がんじょうなテープをはがしても痛くなかったし、全部はがしても別に痛くなかった。

 そこで好奇心にあおられ、オレはちょっとアタマを上へカシ曲げた。キズが細いスジのようになってチョッピリ見えた。キズはキ型で糸がはみ出していた。(出ていなければとれないから)
 また、今回も。前よりはがんじょうでもないガーゼとバンドエイドのようなテープをはって帰った。

 夜見たらテープの端がとれていたので、めくってゆっくり拝見させていただいた。もうスジになっていて、前の円形のキズ後もない。糸をぬくときは案外痛いんではないかと思う。(心配がたえない様だ。あまり心配しないようにしよう)


 8月28日(土)  忘れられそうにない顔
 朝から「丸」を読んでいるが仲々面白いものだ。ガダルカナル戦というのは、いくつもの第ナン次ソロモン海戦とかいう名で、いくつもあった海戦と上陸軍との戦いとの(白兵戦)たくさんの戦いから成る戦争だが、その一つ一つを違った筆者が、それも日本側と米側から見ているという所が面白い。
 つまり、そうなると、(やはり・・・だが)米の人間はやはり日本軍のことを敵軍と書くのである。が、それはあまり気にくわない。でも、客観的な見方はしていることは確かだ。
 写真多数、地図数枚付き、図面『コルセア』付き、などで中々いい本だ。(家にあるヤツも持ってきてもらおうか)
 要注意 おもしろいというのは敗戦とかではなく、興味深いということだから気をつけるように――

 今日も外来へ行ったが、また秋山先生がいなくて病とうから呼んだ。今日も別にかわりはなかった。はりかえはじゅんちょうに行われ、痛くなゾなかった。秋山先生は、オレのために呼んだらしいが、もうオレのあとには、じゅん番を待っている人が相当いる。それは横にある書類の山積み具合でわかるのだ。 

 秋山先生についてちょっと言うと・・・、背は高くて顔はヤヤ逆三角、少し目は落ちくぼんでるみたい、かみの毛は石川五右衛門の様に上の方に持ち上がっている、笑いは、といってゲラゲラウッヒャヒャなどとは笑わないが、決して陰気な方じゃない。
 耳は横の方に広がっている。これは頭のイイヤツの特ちょうだと聞いたことがある。ま、とにかく(anyway)どこでもみかけそうなカオだが、決してみかけなく、忘れようと思っても決して忘れられなさそうなカオだ。僕は 前にもアヤしくなってから見てもらったことがある。でも、この先生が手を下したんじゃない。

 熱帯夜。昨日の夜などはもう暑くってしょうがない。寝るヒマなくて休んだだけだった。
今夜はいがいに風もあるからなんとかなるかも。(事実、なんとかなりました。)

 今、オレの熱は、などというと、それがないのである。イヤ、とは言っても少しはあるのだが それが36度位なのである。熱が低いのは、いいが。ちょっと、こう低いのもどうかと思う。


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