マンガ


 友孝4歳半の昭和38年1月、日本最初のテレビ・アニメ「鉄腕
アトム」が、次いで、10月には、「鉄人28号」の放映が始まりまし
た。
 強いものへの憧れもあったのでしょう。テレビに釘付けです。やが
て、単行本となって発売されると、毎号毎号の発売日が待ちき
れません。
 そのうちに、自分でも書き始めました。「グワーン バシバシ
 ・・・」
 下は、「伊賀の影丸」を真似て書いた続き物で、読むだけでな
く、真似書きからストーリーのものを創作するようになっていきま
す。

 


 

 5歳になった9月、入院先で相部屋となった、やや年上の少年が持っていた、「少年サンデー」「少年マガジン」が目にとまり、以後、定期購読者となり、創作マンガや創作マガジンが増えていきます。


 高学年になると、手作りの本を学校に持って行っては先生に見てもらっていたようです。読まされる先生も迷惑だったと思いますが、そのつど、丁寧なコメントを書いてくれていました。例えば、「宇宙の危難集」(下写真の右端)には、赤色の帯が付され、「SF評論家・田中一徳氏(ご自身の似顔絵を入れ)書評)として、次のように書いてありました。


 「待望の伏見友孝君SF第二集" 『スコーピアス』をおそった青いコケのなぞ。いよいよ 作者の才筆冴える。第一作で鋭い才気をひらめかせながら登場した新星・伏見友孝氏はしばらくの沈黙の後、再び第二作を世に問う。SF独特の奇想天外な展開は残暑の季節に一滴の清涼剤となろう。」


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