あとがき 


友孝が亡くなって間もなく、某新聞社から自宅に電話があった。「国立小児病院は死亡率の高いことで問題になっています。お宅のお子さんに、なにか思い当たることはありませんか? あったら教えてください」ということだった。

入院中の子供と会話ができたのは、週2日の面会日(午後2時から午後4時までの2時間)だけだったし、電話も取り次いでもらえなかったから、友孝が日記に書き残したようなことを知らない親には、答えようもなかった。

”食べ物”の持ち込みも厳禁されていたが、”お腹が空く”という訴えだったので、面会のつど、そっと”おやつ”を渡していた。友孝が日記に”塩分”と書いていたのは、万が一、看護婦に日記を見られた場合のことを考えてのことだ。

入院患者のほとんどが乳幼児か小学校の低学年だったから、患者の不平や不満が病院側の耳に入ることはなく、万事、病院側の都合だけで処理されていた。

そんな環境にありながら、友孝はひたすら日記を書き、マンガを書いていた。残念なことに、これらを両親が目にしたのは、友孝が亡くなって後のことだ。生前に、見ていたら、なんとか手の打ちようもあったのではないか? 悔やんでも悔やみきれない気持ちが一生つきまとう。

今となって友孝にして上げられることは、命をすり減らしながら書き遺した作品を、皆さんに見ていただくことしかない。走り書きのようなマンガだが、ヒューマニティにあふれていると親の目には映るのだ。

最後に、今回の企画に、元担任の田中一徳先生から、今を生きる”君達に訴える”;メッセージをいただいた。ひとりでも多くの子供たちに読んでいただければ幸いである。

父・伏見 克(ふしみ つよし) 1928年10月生れ

基本ソフトOS
 Windows VISTA Ultimate
ウェブブラウザ
 FireFox 3.0 ・ Internet Explorer 8
ホームページ制作ソフト
 ホームページZERO (ソースネクスト)

画像処理ソフト

 Photoshop Elements 7.0

使用マシン

 自作機
 CPU:Intel Core Duo E6320(1.86GHz)
 メモリ:2GB 
 マザーボード:ASUSTek P5B Deluxe WiFi-AP

 スキャナー CanoScan Lide 700F (マンガ等の画像読み取り)

                                    


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